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November 26, 2006

うまし!

うまし!

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海上の森で

海上の森で

秋の味覚待ち。

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November 25, 2006

TOICAデビュー

TOICAデビュー

○| ̄|_

今日、東海圏にICカードがデビューして、JR本州三社のICカードシステム施策が出揃った。記念カード(言うなれば初回限定版)を求めて名古屋駅周辺を5駅回ったが完売。うわ、なめてた。こんなに動く人いるとは思わなかった。

(追記)
記念カードは管内の各駅で合計10000枚の発売。11時頃には名古屋周辺には既に無く、慌ててJR沿線に住む友人数名に電話して見てもらうよう頼んだがゲットできず。



JR東海 TOICA|TOICAトップページ

ITmedia News:11月25日TOICAスタート、キャラクターは「ひよこ」に
「TOICA」、25日からサービス開始、キャラクターデザインも決定 | IBTimes(アイビータイムズ) : 暮らし
JR東海、「TOICA」サービス開始記念カードを発行 | IBTimes(アイビータイムズ) : 暮らし

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November 24, 2006

大阪モノレールのホスピタリティ

大阪モノレールの駅員は非常に好感の持てる声掛けをしていた。特に千里中央の改札にいた女性二人、何という丁寧で気品のあるお辞儀をしているのか。感動的ですらある。

構内にアートギャラリーがあったり、不用になった書籍を利用客が置いていって融通しあうコーナーがあったり。

ガラス張りの運転室後ろに2人分だけのクロスシートを用意してある特等席は眺望を楽しめるようにとの鉄道ファンへのサービスか。いや、喜ぶのはなにも鉄道ファンや子供だけとも限らないのでは。かぶりつきシートと命名したい。

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万博公園(元祖)

万博公園(元祖)

TARO!

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(漫画)「ドラゴン桜」(三田紀房)

ドラゴン桜

こないだまで全く読んだことがなかったのだが、物は試しにと満喫で読んでいる。単行本で最新が16まで出ててまだ連載続いてたのね・・・意外。

東大入試の仕組みを解説し、それに絞った対策、勉強法、お受験で点を取るためのテクニックを説く。そしてもうひとつの大きな側面となっていると感じたのは、これは教育論を唱えたものでもあるということ。勉強を”させる”環境とは、こうあるべし。子を持つ親の参考書、教育界へのアンチテーゼ。まぁこれらのハウトゥー本といっていいだろうか。そう思えば、絵の優劣やストーリーはこの際無視したっていい。


要約すると、世の中は頭の良いやつに都合のいいようにできている、情報を知っているものだけが得をする、これは確かに。世の中で有利に生きにたにめは東大に入ることが近道。入試の仕組みを理解し、どんな問題が出るかを研究し、それに絞った対策を行えば東大合格は難しいものではない。入った後のことなんか知っちゃいない。とりあえず東大に受かれば、入ればいい・・・。こう続く。それはある意味で真理をついているのだろう。定められたルールの範囲内で勝つための方法を考えるのは当たり前とも言える。でも心底からは承服しかねるオレがいたりして。現にそういった仕組みで世の中が動いている以上、それを論じることに意味はないともわかっているのだが。

7巻の巻末に堀江貴文の体験記が載っている。そういえばこの人も東大(中退)だったか。

『ドランゴン桜』に描いてあることには、ほとんど納得できる。僕がずっと言い続けてきたことと同じようなことを、主人公の桜木は生徒たちに言っているしね。中でも特に賛成なのが、とにかく東大に入れというところ。僕もそう思う。東大は、卒業する必要は別にない。とにかく入ることが重要。僕自身中退だしね。

宣伝で「堀江式英単語学習帳 ホリタン」なんてものも載っているのだが・・・こんなものまで出てたのか。今となっては虚しさ感じずにはいられない。

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November 23, 2006

大丸の16階

大丸の16階

ぬう。疲れた。興味深い話が聞けて、話を聞く分にはますます良さそうだなあ。来月また神戸にくることになりにけり。それはよしとて、仕事につながってしまうとは予想だにしない展開。

用事は済んだが午前からずっと話を聞いた後とあって歩き回るのも疲れて、時間潰しに一杯やる。煙と何とやらで何故か知らない土地では高いところに昇りたいと思うのだが、値段も上がるのが難点。

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なんじゃこりゃ

洗面所で歯磨いてるうちに京都に停車して、席に戻ったら10割埋まってた車内が2割くらいになってた。

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新幹線☆

新幹線☆

朝の東海道新幹線ってやっぱり混んでるのね。ぎりぎりにつく指定しか取れなかったけど祝日だし空いてたら前の列車の自由に乗ろうと思って25分前に来たけど無理だったわ。

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November 22, 2006

大阪行

濡れ手に粟で明日梅田に行ける事になったヽ(´ー`)ノ

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November 11, 2006

聴講メモ:関関同立 関西4大学学長フォーラム

大学とは何か、情報を仕入れるために「関西4大学学長フォーラム いま、大学に求められるもの 建学の精神とブランド力」(11月11日 13:00~ @名古屋商工会議所大ホール)を聴講してきた。

要点をメモしてまとめてきたが、内容は後日読売新聞に掲載されるようなのでここに載せる必要はないか。去年のものがここにアップされているので見ていたら、パネルディスカッションで各学長が言っている、建学の精神とか具体的な施策の部分は当たり前だが大体同じだった。

ところで恥ずかしながら、関西学院大学は「かんせいがくいん」と読むと初めて知った。アルファベットではKWANSEIと書かれている。呉音での読み方らしい。最近まで一橋も「いちはし」と読むと思ってたからなぁ。

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トロリーバスで都心をちょい乗り

トロリーバスで都心をちょい乗り

11月10日(金)から「まちなか『ちょい乗り』フェスティバル 都心をグルグルする日in栄・大須」が行われている。ベロ(自転車)タクシーの運行と、大津通・本町通を5分間隔で巡回する無料の「ちょい乗りバス」の運行を実施する社会実験。「ちょい乗りバス」はラシック前等に設けた13箇所の停留所を、小型のコミュニティーバスやトロリーバスが運行している。12日(日)までの運行。トロリーバスは本来、無軌条電車と呼ばれるように、架線から電気を取ってタイヤを回して走るバスの形をした電車のことなので、今回走らせているのは正しくはトロリーバス型バスとでも言うべきか。

パンフレットによると、「今回のイベントは「アセアン日本都市交通セミナー」が名古屋で開催されることを記念して行われるもの」で、ちょい乗りとは、「既存の地下鉄やバスなどに加え、徒歩では遠いと感じるようなちょっとした移動を支援する新しい都市公共交通のイメージ」だそうだ。都心を無料の乗り物が運行している例としては、オーストラリアのメルボルンにシティサークルと呼ばれるトラムがあるね。(参考

トロリーバス型バスにパルコ西館前から乗車してみた。やってきたのは栗色とクリームのツートンに塗られたアンティークな形のバス。来たと思ったら、停留所の直前で前の車が人を降ろすために停車し進路を阻まれる。スタッフの手元を見ると時刻表もあるようだったが、このような交通妨害のために遅れていて全く機能していないようだ。車両は前向きの木製ベンチが縦に並び、横はチェーンのみのオープンエアー型で遊園地の乗り物の様。川崎市から持ってきたそうで、正面の3枚窓がお洒落な運転席を覗くと「MAXIMUM SPEED 25M.P.H」の表示。キロに直すと時速40キロか。行き交う人やすれ違う車からの注目がなかなか気持ちいい。大須の片側1車線の道に入ると両側の路上駐車のためにやはり片側交互通行のようになってなかなか進めない。上前津駅で下車する時スタッフからアンケートの用紙を渡された。後でこの時の乗車証をEXPOエコマネーセンターに持っていくと1ポイントもらえる。

名古屋市では本格的な導入も検討しているとのことだが、やはり路駐対策がきちんとされないとあんまり便利じゃなさそう。歩いて簡単に追い越せるくらいだったし。ロンドンの混雑税みたいなものの導入もいいかもね。ちなみに名古屋市では広小路通りで一般車進入規制を行うという計画もあるが3年連続で見送られているそうだ。

名古屋市内で「ちょい乗り」フェス、ベロタクシーも登場 - サカエ経済新聞 -

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November 07, 2006

読書メモ:「日本の歴史25 日本はどこへ行くのか」(講談社)

第一章 二十世紀の語り キャロル・グラック p.11
第二章 日本のアジア観の転換に向けて カン・サンジュン p.63
第三章 マイノリティと国民国家の未来 テッサ・モーリス=スズキ p.101
第四章 「混成的国歌」への道-近代沖縄からの視点 比屋根照夫 p.143
第五章 <歴史>とアイヌ 岩崎奈緒子 p.193
第六章 象徴天皇制の未来について タカシ・フジタニ p.233
第七章 国民の物語/亡霊の出現-近代日本における国民的主体の形成 ハリー・ハルトゥーニアン p.279

全体的に難しかった。オレの語彙力では単語単語でつまづかずには先にいけなかったので結構時間がかかった。中でも比較的読みやすく、テンポよく読み進めていくことができたのが第三章と六章。

覚え書きとして記しておく以上の意味は特にないのだが、興味を持った部分をここに少し長くなるが引用しておく。

日本はよく移民数の低い国と考えられている。たしかに、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ラテンアメリカの多くの国々と比べて、日本の移民数が比較的低い水準を示してきたことは間違いない。しかし、入ってくる移民も出ていく移民もひじょうに少ないきわめて自己完結的な国という日本にかかわるイメージは、高度成長期の経験のみの一般化に基づいている面がたぶんあるのだろう。一九五〇年代後期から七〇年台半ばの高度成長期に、日本は移民の出入りの際立って少ない時期を経験した。しかし、より長期にわたる歴史的観点からすると、高度成長期は常態というよりは、むしろ例外と見ることができる。(p.133)

ここで思い出されるのは、境界を越える人間の動きを取り締まる制度がごく最近の産物であり、過去一世紀ほどの間に繰り返し変化してきたということだ。2節で見たとおり、日本国籍の境界も(他の国の国籍と境界と同じく)拡大したり縮小したりしてきた。植民地臣民は当初“日本臣民”と再定義され、その後、戦後の時期にふたたび“日本国籍”から排除された。他方、国民国家を取り囲む国境管理制度もまた、変化してきた。今日、私たちが当然だと思っている管理制度は、驚くほど起源が新しい。十九世紀の大半は、流れが全般として国内移住においても国際移住においても管理緩和の方向に向かい、人間の自由な越境移動は、しばしば自由貿易の必然的帰結と見なされた。多くの先進工業国で管理が強化され始めたのは、ようやく第一次大戦頃になってからであり、(例えば)旅行書類としてパスポートの使用が標準として広く普及した。一九三〇年代になってもまだ、日本と中国のあいだをパスポートなしで旅行することが可能だった。このように、国籍をすなわち国民国家の成員資格と想定し、国境を越える移動をパスポートとヴィザという平準化された制度で取り締まる現在のシステムは、戦後すぐの時期までは成立していなかった。(p.135)

二十世紀を通じて、地球規模での国民国家システムは、国境を越える人間の移動を規制するためのよりいっそう明確で正式で平準化された制度を発達させた。パスポート、ビザ、労働許可証、国境検査の諸制度である。しかし、国民国家は同時に、社会問題や経済問題への処方箋としての移民をしばしば欲した。移民を求め、また制限したいというこの二つの欲求の組み合わせが、ほとんど全ての近代国民国家住民の内部に、アイデンティファイ可能な“マイノリティ”を多数存在させる一因となったのである。(p.137)

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「下山事件(シモヤマ・ケース)」(森達也/新潮社)

下山事件

下山事件(しもやまじけん)とは、第二次世界大戦敗戦後の連合軍による占領中の1949年(昭和24年)7月5日、時の日本国有鉄道(国鉄)初代総裁・下山定則(しもやま さだのり)が、出勤途中に公用車を待たせたまま三越日本橋本店に入り、そのまま失踪、15時間後の7月6日午前零時過ぎに常磐線・北千住駅―綾瀬駅間で轢死体となって発見された事件。事件の真相が不明のまま多くの憶測を呼び、「戦後史最大の謎」と呼ばれる。また、同事件から立て続けに発生した三鷹事件、松川事件と合わせて国鉄の戦後三大ミステリーとも呼ばれる。

下山事件 - Wikipediaより

戦後占領下の日本で、軍国主義を廃し民主的な日本を作ろうとしたGHQは財閥を象徴とする旧支配勢力を弱体化させる対抗勢力として共産主義勢力を容認したが、GHQの想定以上に浸透し労働争議が広がり社会的混乱を招くようになると方針を転換、共産主義の追放を始めた。鉄道省から変わって誕生する国鉄で、下山は人員整理(労働組合員の大量解雇)を最たる使命として初代総裁に据えられ、そして謎の死を遂げた。

下山事件が「事件」と為ったのは、下山が自分で線路に横たわったのか、あるいは別の場所で殺されてから線路に横たえられたという説が浮上したからである。周辺は大いに割れた。司法解剖を行った東大法医学教室は下山総裁の遺体の傷に「生活反応」が認められない事から死後轢断と判定。しかし鑑定の再評価をした慶応大学法医学教室は轢断死と主張。警視庁内部でも捜査一課は自殺とするが捜査二課は他殺の線で捜査。報道も毎日が自殺、朝日と読売は他殺説を載せた。だが決定的な結論は出ぬ内に捜査本部は突然解散させられ、後日「文芸春秋」と「改造」に自殺とする内部報告書がリークされた。労組犯行説やアメリカの陰謀説も飛び交うが、結果としてこの事件の影響でGHQと政府の描いたとおりスムーズに進行していく。

様々な本をひたすら読む牧野基礎教養ゼミで下山事件を取り上げた牧野先生曰く、「現代日本史を知る上で避けては通れない事件。下山事件を知らない日本史の教師なんて、モグリだよね。」。読んでいくうち、この話は作り話かと錯覚しそうにもなるできすぎたミステリーに先を読む意欲を掻き立てられながら読んだ。

下山事件の直後に起きた松川事件-東北本線松川駅手前のレールの継ぎ目板が何者かに外され走行中の上り旅客列車が脱線転覆した事件。国鉄労組と日本共産党の謀議との世論操作がされ、関係者が逮捕されたが14年の法廷闘争の末無罪が確定。-では、弁護団にいた松本善明のお手伝いが誘拐されるという事件も発生した。お手伝いは松本について犯人から尋問された後、隙を見て脱出するが後に入院先の病院で急死。そしてお手伝いの入院した病院の担当医も転落死した。


僕は答える言葉がない。サスペンス映画もどきいう形容を人はよく使うけれど、一九四九年に端を発するこの時期において、日本はまさしくその状態にあったということなのか。冷血な男たちは闇に跋扈し、様々な謀略が積み重ねられ、警察や検察は組織的な隠蔽や工作に耽り、冤罪はくりかえされ、そして、不都合な命は、あっさりと消される。何の価値もないかのように。何のためらいもないかのように。(p.106)

この時代の日本に流れていた、暗然たる空気を想像するに難くない描写である。下山事件の闇は相当深い。取材していく過程で数少ない関係者に話を聞くが皆肝心のことには固く口を閉ざす。事件に関与した人物と極めて近しい存在にあったとされる矢板玄はこう語った。「まだしゃべる時期ではない。我々日本人は、対立する世界の中でアメリカ側に立っているのだから」。そして墓場まで持っていこうとする。


ここ数年で、下山事件に関する本が3人の著者からそれぞれ発行されている。すぐには成果の上がらない難しい取材故に、発表の場や取材経費の問題で、協力を申し出られたり、打ち切られたりといった事情に翻弄される。共同で行った取材をベースにしている部分があるため、同じ場面がそれぞれの著書でそれぞれの著者に描かれている。「週刊朝日」誌上で連載が行われることになり、首を突っ込むことになる朝日新聞記者、諸永裕司が書いた「葬られた夏 追跡 下山事件」(02年12月刊)。フリーのテレビディレクターで映画監督の森達也が出したこの本「下山事件(シモヤマ・ケース)」(04年2月発刊)は、彼の取材の進捗を綴った日誌といった趣がある。あるいは(下山事件について調べだした者は果てしなくのめりこんでいくという)下山病に陥っていくさまを記録したともいうべきか。結末のほっぽりだされた感じは、テンポよく進んできただけに多少の物足りなさを感じた。ここはやはり、森の本では終始『彼』とされている、下山事件の話を持ち寄った張本人(正確には映画監督の井筒和幸が紹介した)、柴田哲孝の告白「下山事件 最後の証言」(05年7月刊)をもう一度読もうと思う。

下山事件資料館

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November 03, 2006

藤が丘とリニモの今(車両基地公開)

地下鉄東山線から来て万博会場へ向かう「リニモ待ち」の乗客を収容するための滞留施設であった「藤が丘リニモ広場」の土地は、名鉄協商が再開発し商業ビル「藤が丘effe」になった。

・・・続きはこちら

万博写真集(リニモ)にある写真と見比べて見てみるといいかも。

リンク先のリポートに書いてあるけど、万博のラッピングがしてあった09編成が、なんかきな臭いことになってるみたいだよ。ところで、この編成を寄付した日本財団とは、いまいち何をしているのかよくわからない名称だが、正式には「財団法人 日本船舶振興会」という。競艇の収益が運営資金に入ってて、お台場の船の科学館の運営もしているらしい。そういえばこないだ読んだ、日本の領海、海上警備に関する本の著者がここの人だったな。

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