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October 02, 2005

閉幕日の一日 長くて短い一日

西ゲートを一旦離れ案内所へ。遊びと参加ゾーンは西ゲートと北ゲートの中間にあり出勤、更衣からポストインまでの移動距離にも泣かされてきた。直接の業務の最小の単位としてアテンダントとマルチスタッフ24名とディレクター2名がこの案内所を拠点に活動してきた。たまたま会場内唯一の富士フィルムのお店が案内所の隣にあったこともあって記念写真を撮ってもらってから朝礼。こんなに人数が居ると狭苦しくてしょうがない。伝達事項としては、外国館が原則19時クローズ(一部はそれ以前)、企業館の運営(上演回数)変更、北ゲートで中日新聞制作のイベントガイドの号外が4回配られる、モリゾー・キッコロのスケジュール等々。やはり時間に余裕の無いアーリー対応とゲートからの移動時間がロスとなり朝礼中に開場時間は過ぎてしまった。今頃ゲート近辺では刹那的で一段と慌ただしい一日が幕開けとなったはずである。我々遊参(あそさん)のマルチはいつもなら朝のこの時間、西ゲートを入ってすぐの階段を上がったところにある西エントランスでお客様を迎えていた。開幕してすぐ、朝はなかなかお客様が入ってこないこの暇なゾーンを抜けて西エントランスに行ってみると、西ゲートから入った多数の団体や一般来場者が狭いところに集中するという構造上激しい滞留が発生し、また集団をコントロールできない警備隊の姿に危険すら感じたのであった。以来、使命感に燃えた我々が声を張りお客様を的確に誘導、かつソフトなご案内のために立つこととなったのである。その思い入れのあるポジションに最終日の朝居られなかったことには多少の口惜しさを感じた。一方、早くもまだ朝礼の終わっていない案内所の前を続々とお客様が通過するようになってきた。最後の1週間、遊びと参加ゾーンで行われるクロージングイベントの一環で、ゾーン内6箇所にてモリコロの缶バッジを配布、全部を集めるとさらにピンバッジとケースをプレゼントというそれはそれは万博っ子に人気間違いなしのイベントが行われたのである。配布開始の9時をまだかまだかと待っている。

さて朝礼を終え、これから14時間程に渡る長い勤務が始まる。愛MATEと無線機という通信手段、それから案内MAPを手にいざ出陣である。今このゾーンに居るほとんどの人がバッジ集めに必死なので特にすることも無く、時折警備さんを真似て「走らないでください」と言ってみたりした。午前9時現在、藤ヶ丘駅での滞留は解消し、待ち時間0分だという。このところの傾向から言っても第1陣が終わったところでこれから1時間もすれば再び混雑してくるかと思われる。会場のゲート前での滞留は依然長く続いたままである。ゾーン内をくまなく一周してみる。日々繰り返してきた全ての動作が名残惜しく感じる。警備ボックスに立ち寄り「本日も一日よろしくお願いいたします」。警備さんも今日はフル出勤とのこと。

少しだけ西エントランスに顔を出してみた。思えば開幕前日の開会式の日もここに立ったな。あの日はまだ一般のお客様はいなかった。今じゃ手狭にすら感じるが当時は広々としているように感じたものだった。そして今日閉会式が行われ、ドームには招待者しか入れないがその様子は愛・地球広場でたくさんの人が目にする。もっとも自分のゾーンに居る分には全く目にすることも無いわけだが。

ゾーン内は混んでいるか空いているかで言えば間違いなく混んでいるのだが、混雑のピークは前回の3連休だったようで異常なほどの混み具合という感じではない。特別変わったことも無くいつも通りな日常である。細かいことを言えばオルゴールを鳴らしながら上に下に行き来するハートフルカートは、本日3台体制で通り過ぎたと思ったらすぐ別のがくる。普段これぐらいの混み具合の日には安全のため大事を取った判断で運休にしていたが今日は粘ってみるとのこと。お客様から「写真撮らせてもらっていいですか?」の声がかかりもちろん快諾。「このユニフォームの人と撮りたいと思って」。開幕の頃はちらほら聞かれたが最近では専ら撮って差し上げる方が多かったのでちょっぴりうれしい。風が強く吹いていて砂が舞ってしまい目が痛い。そういえば風が強くて一日に何度も帽子を飛ばされそうになった頃があったなぁ。あの頃の風はもっと冷たかったっけ。

モリゾー・キッコロは子供たちに大人気で手紙を持ってくるファンの子なんかもいる。今日はあちこちのイベントにひっきりなしに顔を出しているはずでまさに売れっ子であるが、ここへは通常通りのシフトで出てきた。遊びと参加ゾーンは毎日必ずモリコロを見ることができたゾーンなのだ。お別れを言いに来たとやってきた親子に、愛・地球広場のフェアウェルパーティーで森へ帰る式がありますよと教えてあげた。

なんやかんやしているうちに夕方である。疲れを感じることもない。時間の感じ方というものは本当にあてにならない。遊びと参加ゾーンには18時閉場のゾーンがある。水の広場・風の広場・グローイングヴィレッジがそれで照明が少ないため日没で暗くなる前に終わるのだ。毎日ここでは警備隊が時間になると出入り口を閉鎖して残っているお客様の移動を促す作業が行われている。オレも一足先に閉場となるこのゾーンに行き見守っていたが、警備隊はいつものように何の変化も無い広報をしていた。もう少し別のお客様にかける言葉があるだろうと思う。やがて6時を過ぎ、暗くなり始めた水の広場にはここを担当するマルチスタッフが全員集合していた。サツキとメイの家のある森林体感ゾーンや、瀬戸会場も閉場の時を迎えたはずである。向こうではそのまま打ち上げに突入しているかもしれない。グローイングヴィレッジではちょっとしたセレモニーが行われていた。ツリークライミングの提唱者ジョン・ギャスライトさんがハーモニカのような甲高い音のする楽器を吹きながらパビリオンの中を歩いていた。スタッフ一同が集まり閉幕の式である。こうして一つずつ終わりの儀式が執り行われていくんだなぁ。

21時。全てのパビリオンの閉館時間だ。わんパク宝島の出口でスタッフが並んでアーチを作っている。うわぁ、ここでも。円形広場のステージ袖にいくとスタッフがまもなく始まるさよならイベントのスタンバイをしていた。市民村やグロヴィレのアテンダントも緑のペンライトを持って待機していた。この後ステージでスタッフを代表して思い出を語るんだとか。どさくさに紛れてペンライトをもらった。警備ボックスで最後の拾得物の引継ぎを受け取り、市民村アテンダンツのステージをちらっと見て案内所に戻る。そして移動。案内所の前でもスタッフが並んでお客様のお見送りをしていたのでゾーンを離れるのは後ろ髪を引かれる思いであったが、我々は西ゲートでそれをやる予定だったのだ。

ごった返したゲートの前に行くとたくさんのアテンダントやマルチやボランティアがペンライトやモリコロのグッズや思い思いのものを持って出口に向かって一列に並んでいる。そこに加わった。お客様が次々に「ありがとう。」「お疲れ様でした。」の言葉を残し通って行く。こちらも一人一人に「ありがとうございました。」と答え握手を交わしお別れをする。中には涙で顔を濡らした女性や親切にされたと感謝の言葉を延べてくれる方もいた。初老の男性が以前に親切にされたというのはたぶんオレではないのだけれど、このユニフォームを着た人間がお客様に喜ばれることをして、それをお客様が覚えていてくれた、伝えにきてくれたということがうれしい。母親に抱かれもう完全に眠くなってしまっている子供もいて、この子は今日のことを覚えているんだろうか。愛・地球博のことを一つでも覚えていてくれたらいいな。同じようにお別れの挨拶に立っていた同僚が貸し出し車椅子の返却が来るとすかさず動く。ベビーセンターのマルチは最後まで忙しい。いつの間にか中村事務総長も立っていてお見送りをしている。後に聞くに全ゲートを回ったんだとか。こんな状態が1時間ほど続いただろうか。テーマソング「I’LL BE YOUR LOVE」が流れ段々とお客様がまばらになってくる。もうどこが区切りになったのか定かでないが、テレビがまだ取材を続ける中スタッフもパラパラと解散していき、最後まで残った遊参のメンバーはまるでゲートを担当していたアテンダントのような顔をして最後に整列して挨拶をしてのけた。まぁその様子がテレビで流れることは無かったようであるが。

以下、時系列を逆に辿ってこの記事に続く。
長文読了ありがとうございました。

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